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ユニモンソング


モンスタ|登場 A.D.1928(1928年(パラダイス・シアター・オープン))
 〜 Rockin' The Paradise(ロッキン・ザ・パラダイス)
Styx (スティクス)
「Tonight's the night we'll make history」
アルバム「パラダイス・シアター」の1曲目と2曲目にメドレーで収められています。 1980年にリリースしたこのアルバムは全米アルバムチャートNo.1を獲得しました。 「パラダイス・シアター」とは実在の映画館の名前。 ショーの中では、2曲の間に「おいらの名前を3回呼びな〜」のセリフが入ります。
72年デビュー。アメリカン・プログレッシヴと形容されたロック・バンド。 叙事詩的な作品やロック・オペラ的な作品など、かなり個性的な曲でカルト的な人気を博しました。 Styxとは、ギリシャ神話の「よみの国の川(三途の川)」という意味。

オ|プニング&
エンディング
Rock and Roll All Nite (ロックンロール・オールナイト) KISS (キッス)
「I wanna rock and roll all nite and party every day」
75年にリリースしたサード・アルバムからシングル・カットされたKISSの代表曲。 ユニモンでは「ロックンロール・ビートルジュース〜♪」の部分が追加されて歌われています。
歌舞伎からヒントを得たと言われるド派手メイク(白塗りに黒いメイク、真っ赤な唇)と、ライブ・パフォーマンスが特徴のハードロック・バンド。 その見た目からは想像出来ない、キャッチーなメロディーで 「デトロイト・ロック・シティ」「ラブ・ガン」「地獄へ道連れ」などヒット曲は数え切れません。 1973年NYで結成され、現在もなお精力的な活動を続けています。

ウルフィ| One Wild Night (ワン・ワイルド・ナイト) Bon Jovi (ボンジョビ)
「It's a hot night, the natives are restless」
2000年発売の7thアルバム「クラッシュ」に収録されている曲。 翌年発売の初ライブアルバム「ワン・ワイルド・ナイト」には新バージョンの「ワン・ワイルド・ナイト2001」が収録されています。
1984年、デビュー曲「夜明けのランナウェイ」が日本で大ヒット。 当時はドラマの主題歌として(麻倉みきが大映ドラマの主題歌としてカバー)耳にした人も多いのではないでしょうか。 本国より日本で先に火が付き始めたということで、メンバーの日本に対する思い入れは特別なものがあるようです。 1986年のアルバム「ワイルド・イン・ザ・ストリート」が1800万枚ものヒットを記録し、全米がボン・ジョビ一色に。 その後、活動休止やソロ活動なども行いつつ、現在も活躍し続けているスタジアム・ロック・バンドです。 ボーカルのジョン・ボン・ジョヴィは俳優として映画やTVドラマにも数多く出演しています。

ブライド I Will Survive (アイ・ウィル・サヴァイブ) Gloria Gaynor (グロリア・ゲイナー)
「At first I was afraid I was petrified」
1979年にリリースし、翌年にはグラミー賞のベストディスコソングを獲得。 邦題「恋のサバイバル」で日本でも大ヒットしました。 現在に至るまで数え切れない程カバーされている名曲です。
1975年にメジャーデビューした、70年ディスコ全盛時代を代表する女性シンガー。 力強く迫力のある歌声で聴衆を魅了しました。現在も地道な活動を続けています。 

ビ|トルジュ|ス Y.M.C.A (ワイ・エム・シー・エイ) Village People (ビレッジ・ピープル)
「Young man, there's no need to feel down I said」
1979年に西城秀樹が「ヤングマン」というタイトルでカバーして大ヒットしました。 「Y〜MCA♪」のフリはほとんどの日本人が出来るのでは、というくらい有名ですね。 「YMCA」は米国の簡易宿泊所である男性しか泊まれない宿のこと。
2005年(5期)からBJも歌うようになりました。  
1977年、警察官やインディアン、カウボーイ、水夫などのコスチュームに身を包み、アメリカから登場。 陽気なディスコサウンドで一世を風靡しました。 ビレッジ・ピープルの曲は、ピンクレディーや渋谷哲平など当時のアイドルや、 ペット・ショップ・ボーイズもカバーしています。



P&HOP
Hot Stuff (ホット・スタッフ) Donna Summer (ドナ・サマー)
「Sittin' here eatin' my heart out waitin' Waitin' for some lover to call」
1979年、アルバム「Bad Girls」からシングルカットされ大ヒットした ドナ・サマーの代表曲です。
デビューは1975年。 70年代後半、アメリカで巻き起こったディスコ旋風で一躍人気を得て、 ディスコの女王と呼ばれました。



P&HOP
It's Raining Men (イッツ・レイニング・マン) The Weather Girls  (ザ・ウェザーガールズ)
「Humidity's rising. Barometer's getting low」
邦題は「ハレルヤ・ハリケーン」。 1982年にチャート2位まで上がりました。 前に紹介した「ホット・スタッフ」に続いてメドレーで歌われています。
1980年に「Two Tons of Fun」という名前でデビュー。 1982年に「Weather Girls」と改名してこの「ハレルヤ・ハリケーン」が世界的なヒットになりました。 女性ブラック・シンガー2人による圧倒的歌唱力とディスコ・サウンドで、80年代ディスコ・シーンを盛り上げました。 

フランク Smooth (スムース) santana (サンタナ)
「Man, it's a hot one. Like seven inches from the midday sun」
1999年、グラミー賞9部門獲得のビッグヒット曲。 日本では、サンタナファンの野口五郎が「愛はメラメラ」というタイトルでカバーしました。
カルロス・サンタナは、ラテンロックの神様と呼ばれたギタリスト。 1976年「哀愁のヨーロッパ」のヒットで日本でも有名になりました。 “泣きのギター”と称されるテクニックは、フランクのギターソロで聴くことが出来ます。

ドラキュラ Livin' La Vida Loca (リヴィン・ラ・ヴィダ・ロカ) Ricky Martin (リッキー・マーティン)
「She's into superstitions. Black cats and voodoo dolls」
1999年に発表した「Livin' La Vida Loca」は全米チャート5週連続1位の大ヒット。 日本では、郷ひろみがカバーした「GOLD FINGER '99」のヒットで有名になりました。
BJは郷ひろみの振り“アチチ”をされてます。
1971年、プエルトリコ生まれのセクシーな「ラテンの貴公子」。 人気グループ「メヌド」に12歳から5年間在籍し、 89年の脱退後は俳優として人気テレビ・ドラマに出演。 その後ブロードウェイ・ミュージカル「レ・ミゼラブル」に大抜擢され、 俳優としてだけではなく歌手としても実力を発揮するようになりました。 1998年、サッカー・フランスワールドカップの公式テーマソングに 「カップ・オブ・ライフ」が選ばれ一躍スターに。